name = 田島
分類 = 高校生
タイトル = 小学校2年間不登校、中学校からの1年間登校拒絶
体験談 =
私は小学校5年の半ばから学校へ行っていませんでした。
何が嫌なのか、何が辛いのかわからない。でも何かが嫌で食事が摂れなくなり、入院を期に学校へ行かなくなりました。
小学校のときは大変担任の先生に心配していただいて、何かあるごとに1日だけでも来ないかと電話がかかってきました。その当時はそれ自体が鬱陶しく感じていましたが、今思えばとてもありがたかったです。
私は双子で、もう一人のほうと何かと張り合っていたのかもしれません。どうしても負けたくなくて、進学したいと思っていました。でもいまさら地元の中学には通いにくく、両親に頼んで私立中学を受験し、合格しました。
しかし、もともと勉強があまり得意ではないところに受験前に交通事故に遭い体力と記憶力がかなり落ちていたため続けることが難しくなり、結局地元の中学に2年の3学期に転校しました。地元の中学も3年の1学期からいけなくなりました。
私立中学にいたときから精神化受診をしていて、薬を常用していました。自傷行為もあり、そのこと自体が転校先の公立中学の校長先生によく思われていなかったのですが、私が学校で薬の過剰摂取とリストカットをしたことで一時的に登校をとめられました。妥当な措置だったと今は思っています。
でも、卒業まで「学校においで」といわれることはありませんでした。
一度母と学校へ行き、いつになったら登校してもいいのかと聞きに行ったとき、校長は校門に近づいて来る私と母をゴミを見るような目でにらみ、言われました。
「何で学校に来ないといけないんですか?何で家で1人で勉強していてはいけないのですか?」
私は涙しか出てきませんでした。母がいろいろ言ってくれたのですが適当にあしらわれて、最終的に「フリースクールへ行って下さい。学校には来ないで。」といわれて学校の中へ入っていきました。
その後家に電話がかかってきたようなのですが、そのときに「あんな子は精神病院に入れるべきだ。こんな生徒がうちの学校にいると世間にわかったらマスコミが押し寄せてくる。どうしても来たいんだったら毎朝母親が学校まで送りにきて教室には入らず保健室で自習してください。その後は2,3時間したら母親が迎えに来るのであれば学校に来たらいい」と言われ、私は今でもこの発言は問題なのではと思っています。
私の家庭は父が身体障害者で母が働いており朝送って2,3時間で迎えに来るなんてことはできなかったのです。そのことも知っていて出してきた条件なので、イコール「来るな」と言うことになってしまうのです。
いじめ加害者が登校停止措置をとられるようになる前のことです。しかも私は他人に危害を加えたわけではありません。でも迷惑をかけたことは事実なので一時的な登校停止措置は妥当だと思います。
それでも義務教育期間中は、大人には受けさせる義務が、子供には受ける権利があります。私はその権利を奪われました。
今、通信の高校に通っていますが、中3の基礎がまったくわかっていないため英語や数学など基礎が重要な教科にてこずっています。そのときいつも思うのは「あの時学校へいけていたら」
今は仕方ないと思って、みんなが3年なのが私は4年だっていい。中学3年の1年分遅くなったっていいと、基礎から選択して次の進学を目指しています。
リストカットなどの自傷行為がある生徒、精神化受診や薬の服用などは、今の社会を見る限りこれからもっと増えると思います。大人からしてみれば「子供の世界なんて」「子供の社会なんて」と思うかもしれませんが、ある点では大人の社会より厳しい環境にあることを知ってほしい。
自分の力ではどうにもならないこと(特に経済面)もからかいやいじめ、仲間はずれなどにつながっているのです。
もし、あの校長先生の考えが変わらないのであれば、また同じ考え方の先生がほかにもいるのであれば、こんな生徒は受け入れられない、こんな子は精神病院へ・・・と言っていたら私たちはどこへ行けばいいのでしょうか。
精神病院はその程度では受け入れてくれません。ほかにももっともっと大変な患者がいるからです。心療内科にしても内科にしてもフリースクールにしても数に限度があります。無限ではないのです。そしてついてくるのはお金の問題です。
私は幸い入院も通院も転校も何とかなる環境にいましたがみながみなそうではありません。
高校を卒業して何か資格を取ったら、昔の自分のような子供に何かできるようなそんな職業に就きたいです。そしていつか、このことを問題視してもらえるよう、また起こらないように叫び続けたい。
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