中学時代に遅刻、欠席を繰り返し、300回を越しました。

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分類 = 社会人
タイトル = 中学時代に遅刻、欠席を繰り返し、300回を越しました。
体験談 =

いじめの始まりは、小学校4年生から。
原因は、体型や家庭のこと(貧しかったです)。
それでも、4年生の頃はまだよかった。5,6年を担任した女性教師が、いじめを助長するような行動、態度、差別をした為、それまで味方でいてくれた友人も離れていきました。

中学校は持ち上がりのようなもので、殆どが同じメンバーです。
教室に入るのが怖かった。
机の中に虫の死骸やゴミ、黒板に私の悪口が書いてあったり、私の掲示物が破られてたり、給食にはゴミ、消しゴムのかす。ありがちな、ノートに「死ね」と書かれる、カバンが破かれている。
そして、陰口に、無視・・・。
かばってくれる友人どころか、目も合わせてくれる人が居ないような環境で、私の居場所なんてドコにもありませんでした。

存在意義なんて見つけられないから、学校から自然と足が遠のきました。
当時共働きなので、昼間は両親が家に居ません。
近所の人に「学校に行ってない」って言われるのが嫌だったから、昼間からカーテン閉めて誰かが来ても居留守をしてました。

両親の前では、学校に行きたくないという事を決して言いませんでした。だから、仮病ばかり・・。

言わなかった理由は。。
今考えてみると、安息の場所である「家庭」でまで「問題児」扱いされたくなかったから。自分が我慢していれば家でまで辛い思いをしなくていいから。だから何も言いませんでした。

父は子供の頃からよく私を馬鹿にしていました。
「馬鹿」「ブス」「デブ」などと、自分の子供である私に言っていました。
今思うと、その言葉も自分に自信をなくさせる理由になったと思います。

母はあまり深く物事を考えない性格といいますか、よく言えば「あっけらかん」とした性格で、私が学校に行かないことを、さほど悩んでなかったと思います。

大人になって思うと、自分に自信がなく、言い返す勇気も無い、反撃が怖い、人の視線が怖い・・・。そんな理由で学校でも「暗い」イメージだったのかも知れません。逆に言えば、そんな性格からか、親を困らせるような非行は全くありませんでした。(万引きとか、深夜徘徊とか・・・)

元々勉強が好きではないし、学校にもまともに通わなかったので、いつも通知表は「5段階」で「1」ばかりでした。それに関しても両親は特に私を責めませんでした。「勉強しろ」といわれた記憶もあまり無かったように感じます。

勿論、そんな成績で、進学も出来るわけもなく・・・。最初は高校進学も諦めていました。
特に夢も無く、将来は一人でどこかに行って死んでしまいたい。って思ったこともありました。

先日、高校からの友人に、自分がいじめられていたことを告白しました。
友人は泣きながら聞いてくれて、最後に

「もし、私の子供がいじめられたら、どうしたらいいんだろう?○○ちゃん(私の事)はどうして欲しかった??」

と聞いてきました。

今思えば、私は両親に「私の事をどれだけ大切に思っているか」「私が家族にとって必要なのか」「焦らなくても、大丈夫。」そして、「信用できる大人もいる」って事を教えて欲しかったです。

私にとって、安息の場所であった家庭で、揺ぎ無い私の居場所と安心できる場所を提供して欲しかったです。

毎日「両親に学校に行っていないことを馬鹿にされるのではないか」「学校に行けと怒られるのではないか」「こんな私を必要としてくれているのだろうか」という心配をしながら生きていくことにとても疲れていたので、両親にはそう教えて欲しかった。


私はその後、中学の担任だった先生のお陰で、無事私立高校に進学することが出来ました。(あまりにも、遅刻、欠席が多かったので願書と一緒に「理由書」??のような書類も一緒に出したそうです)


高校に入り、すばらしい友人も出来て、「私が安心できる場所」ができました。「自分の居場所がある」ということがどれだけ素敵なことなのか、初めて知ることができました。
最初は暗かった私も、時が経つにつれ学級議長など人前に立って話をする事も苦ではなく、自分が興味のある事にどんどん進んで入っていくことが出来ました。

勉強も自然と楽しくなり、(といっても成績は下の上程度でしたが(笑))校風も良かったため、結果よりも、そこまでの過程の努力を認めてくれる学校でしたので、成績も良くなり、初めて通知表で「5」がついた時には涙を流して喜んだ記憶があります。

その頃、興味を持った「高齢者の施設のボランティア活動」が楽しくて、看護学校に進み、今は看護師をしています。

あの頃の記憶は、思い出すと今でも涙がでます。

「もっと、学校に行って色々な思い出を作っておけば良かった」

と後悔する時もあります。今もなお、あの頃の人見知りが今も続いて、なかなか新しい環境に馴染みづらい部分もあります。
小学校の頃の私をいじめたあの担任の先生が居なければ、中学時代にあそこまでいじめられる事もなかったかも知れない。と思うと悔しく思うことがあります。

でも、結果オーライです。
今、私は友達もたくさん出来て、必要としてくれる職場や仲間が居ます。
過去を振り返っても仕方が無いので、前を向いて歩くしかないんですよね。
今でも、辛いことがあると「あの時に比べたらいいじゃないか」「出口の無いトンネルはない」って思いながら頑張ってます。


今、いじめを受けている子供や、親御さんには、御傷心な事と思います。

でも、「絶対に自分を必要としてくれる人に出会えること」「今が苦しくても、絶対に出口があります。長いトンネルでも、その分出口に立った時に眩しいくらいに世界が明るく見える」って信じて乗り越えて欲しいですね。

暖かくて安心できる場所を親御さんには作ってあげて欲しいです。

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