name = 匿名
分類 = 高校生
タイトル = 12歳から15歳まで不登校
体験談 =
イジメられていた時は本当に辛かった。
教室へ入りたくなかったし、授業以外のときはトイレの個室で泣いてました。
それでもチャイムが鳴れば教室へ行かなければいけないと思い出てゆくのですが、廊下まで自分を悪く言う声が聞こえてきました。
こうして文章を打つのも辛い。肺や喉が締め付けられるみたいに苦しいです。
小5の間はそれでも我慢して、春休みが終わって6年になったら・・と思いましたがイジメは酷くなっただけでした。そうなるともう足が竦むようで、4階までの階段を上るのがとてもしんどかったです。
ある朝にもう我慢できず親の前で泣いてしまって(屈辱的でした)イジメられているとか、学校に行きたくない、とかいろいろを話しました。
母は最初はやはり抵抗があって、僕はひきずられて学校へ行きました。
後日、両親は先生へイジメのことを相談したようで、僕を交えて話したりもしました。
さいしょは先生もどうにか教室に行くようにと言っていましたがその内に保健室登校でも・・という事になってそれから1月が終わるころまで保健室へ登校しました。
その時の担任の先生が許容してくれる人でよかったと思います。本音はきっとイライラしてたんじゃないかと思いますが・・
保健室へ行くようになって朝はずいぶんと楽になりましたが、やはり学校にはクラスメイトが全ているわけで、その場に居るという苦痛は同じでした。
そのような状況の僕を母がカウンセリングを行うという男性のところへ連れて行くようになったのですが、男性は僕の話を聞かず母とばかり話をして僕には学校へいけ、楽しいよ、後悔するよ、とそればかりでした。
僕はこの人間関係の中にいる間はずっとイジメは続くと確信していました。
そんな時に新聞の広告欄に私立の中学校の入試案内がでていて、僕は私立へ行って違う人間関係を築けば上手くいくんじゃないか、と思いました。
そしてすぐに僕はそのことを両親に伝えました。それを了承してくれた両親は学校へ行って先生に相談してくれました。
そうして先生は近隣の私立中学校の資料を見せてくれました。僕はその中から他県の2校と両親が進める近くの1校を受験することになり、夏休みに入るころ家庭教師の先生に勉強を教わりました。
そして2校に合格しその内の1校に入学を決めました。僕はきっとイジメから逃れられると安心していました。
そして小学校の卒業式がありました。(そこへは僕は出席しませんでしたが。)
僕は中学校の制服の採寸に行ったり、学校の周りを見て回ったり凄く期待していました。
イジメられていたとかそんなことを放り出してワクワクして楽しみでした。
そうして入学の準備も済み、入学式の日がきました。
式で名前を呼ばれるのはとても緊張したけど、これから新しい友達ができるかなと楽しみでした。翌日から授業があり、僕は自分からキッカケを作らないと友達はできないかもと思い、一人に近寄って視線が合い、思いもよらず相手から話しかけてきてくれました。
その日からその人とトモダチになろう、とお互いに言い合いました。
ですが、その翌日登校すると高校生に悪口を言われていました。(中学から大学・専門学校まである学校なので)
12歳にしては僕の身長が高く、「背がたかけりゃいいもんじゃない」とか15人くらいで固まって僕を睨みつけてきました。
そしてその日から、クラスメイトにまで悪く言われるようになって、中学校生活2日目にして僕はまた以前と同じような状況になっていました。
以前にイジメがなければ、軽く受け流せそうな悪口でしたがその時の僕は神経が過敏になっていたのかもしれません。
そして、数日登校してそのまま卒業まで不登校でした。
その間、僕は毎日暗く、母には「みっともないから昼間に外へ出るな」と言われたり、嘆かれたりで本当にしんどかったです。死にたいと思っていました。
父に言わせると「死ぬなら人に見られないところで死ね。みっともない」ということでした。
そんな暗く、辛い3年間でしたが、卒業だってなったときに僕はダラダラと生きて死ねないくせに死にたいとか思う自分を奮い立たせて、生きるか死ぬか決めないといけないと思いました。
3年間を振り返ってやはり僕は死ねずに生きているのだから僕は生きるしかないんだ、と思いました。
そして、生きるならこのまま何もしないわけにはいかない。高校へ行くことも考えないといけないと思い、以前に主治医が言っていた通信制や定時制の高校を受験することに決めました。
通信制の高校は面接のみで入学できるので難なく入学することができました。
僕は入学するまでそこには事務的な他人に無関心な人ばかりが居ることを期待していました。
ですがそんなこともあるわけなくどこの学校でもそうであるようにグループを作り授業中も煩いほど喋る生徒。生徒に軽々しく関わる教師。
その時の僕はもうヒトと仲良くするとかそういった気持ちは微塵もありませんでした。
簡単に「アイツきもい」とか「死ねばいいのに、ってか死ね!」などと友人と喋るヒトを見てああ、ここも同じだと思いました。
入学した当初は学校へ行くとなると吐き気、頭痛、腹痛、体の震えなどがありましたが、入学して4年目になればずいぶんと慣れました。
僕の事を1%も知らないのに周りでゴタゴタと悪口を言うやつは必ず複数人で居るし、教師ももう僕には関わろうとも思わないみたいだし、
悪く言っている教師もいるみたいだし、僕は4年目を迎えるしこのまま卒業することのみを求めて学校へ行く決心をしました。
母はいまだにことことについて認めてないし、僕の感情の10%も知らないけれどそれでもかまわない。
こんな僕が卒業して社会で働けるのかもわからないし、自信も無いけど死ぬときまでただ何かをしているしかないと。
12歳のときに始まったイジメや不登校は僕をいまだに苦しめます。
眠れば夢でもヒトに馬鹿にされて笑われて、裏切られて。
今でも死にたい、消えたい・・と思います。
まだ何も克服していないけれど、今の自分がこんなに長い文章で自分の事を振り返られるようになったのだと思うと、それだけでも成長できているのかなと思います。
親にも他人にも期待されなくても、理解してもらえなくてもヒトは必ず死ぬんです。
死ねばどんなヒトも同じ。
どのように生きようとも死体はなにも違わないと思って自分を支えています。
イジメを軽んじないで、不登校になった子供に学校へ行けと強要しないで、じっくりと話を聞いてあげてください。
初めは無理でもそうしていれば、子供の自信になるはずです。
僕の父はあまり干渉せず自由放任で、母は耳を塞ぐ。
それは僕にとって、とても辛いことです。
実際、社会に出れば不登校だとか通信制の学校だとかが不利なのは明らかです。
それでも僕は自分なりに頑張っているつもりです。
学校へ行かず家にこもることが怠けているとか、みっともないとか、失敗作だとか、そんなふうに言われて自分に自信がもてるわけないでしょう。
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