name = あづり
住所 = 群馬県
学年 = 中学生
意見 =
こんにちは。あづり、中学2年生です。
今、日本中で不登校になっている中学生は多いと思う。
わたしは去年、その中のひとりでした。
けれど、その中で学べたことは沢山あるし、今になって思うのは、
あのとき、不登校にならなかったら今のわたしはきっとない。
わたしは未だに、あの冬、1年の終わり、何故自分が不登校になったか、分かっていないし、知ろうとも思わない。
けど、クラスの中で1人孤立している洋に感じてたのは確かでした。
わたしは、クラスメイトとは普通に接したし、友達もいました。
好きな男の子もいました。
彼、Tがいたから、わたしは学校に行けてました。
逆に言えば、彼のお陰で学校になんとか行っていられた。
でも、わたしの友達Aは、友達Bを奪い取ろうとするんです。
言葉には出さないけど、あなたは不要って言いたいのが見え見え。
Bもついて行っちゃうし、わたしは移動教室のときやグループ決め、バス席決めで、いつも孤立しました。
一方、理科の授業、理科室での決められた4人席では、わたしは集中攻撃の的でした。
ある程度無視していたし、聞き流したけど、負けず嫌いなわたしは、反論しました。
相手も反論して、また集中攻撃。
全員いる前で、理科室から無断で出て行ったこともありました。
そんなことが続いていくうち、わたしは学校に行くのは嫌になりました。
でも、学校が嫌なんじゃない。学校で1人になるのが嫌だ。このままいても何も変わらないなら、行くのは無駄なこと。そう思ってました。
わたしが完全なる不登校を始めたとき、友達A、B、さらに、男の子の友達Cは、よく電話してくれました。
けれど、
AとBは、何か違う。同じ電話だけど、何かが違う。
同じ口調、態度、話し方なのに、何かが決定的に違う。
Aが嫌いで、Bを信頼してるから?...答えはNO。
でも、わたしがその違いに気付いたのは、つい最近のこと。
当たり前なのに、もしわたしがAやBの立場だったらAと同じように電話しただろうな。
Aはいつも、こう言ってくれた。
「もしもし、あづりちゃん?わたし、Aだよ。久しぶり!元気~?ねぇ、学校おいでよぉ~。どうして嫌なの?今はまだ誰も言わないけど、そのうち悪く言われちゃうよ。ね、楽しいから、おいでよ。うちが声かけてあげるから。一緒にいてあげるよ」
Bはいつも、こう言ってくれた。
「あ、もしもし、山田さん?Bでーす。今日さぁ、なんかプリント配られてさ、××のこと、決めろってさ。あと今日、Cのヤツが今度駅ビルにでも行こうとかいってたよ」
圧倒的に、Aの方が長くて丁寧な電話。
不登校経験のない人にとって、きっとAの方が力になってくれると思われる方は多いと思うし、不登校の方でもそう思う方はいると思います。
でも、本当に悩んでいる人にとって、Aの言い方はとてもやる気をなくさせるものなんです。
わたしはAの電話の後、学校に行きたくない気持ちが膨らんだ。
わたしはBの電話の後、ちょっとだけ、学校に行きたくなった。
不登校児にとって、「学校に来て」「学校に来ないのは何で?」という言葉は追い詰められたようになります。
でもBは、それを知ってか知らずか、いつでもその日、学校であったことだけを話し、短時間で電話を切りました。
誰がに殴りかかろうととした。誰がそれを間一髪で止めた。
誰と誰と誰がストーブでストローを燃やそうとし、先生に問い詰められたとき、誰が自分は無実だと言い張り、みんなをイライラさせた。
学校に行けば、笑えただろうな。って思える。
わたしはその後、相談室通いになった。スクールカウンセラーの先生がふたりいて、そこで読書や勉強しました。
BとCが、毎日昼休みに来てくれた。Cは給食も運んでくれたけど、
でも、Aにはこのことを言わなかった。
相談室通いが半月ほど続き、卒業式が来ました。
わたしは出席しませんでした。
卒業式が終わったあと、今度は授業参観日が迫りました。
わたしは行きたくなかったけれど、母は無理にでも引っ張っていくと言い張りました。
これが子供の気持ちを追い詰める。
分かってない大人。
親も先生も、みんな信用なんかできない。
けど、参観日までになんとかしてクラスに戻らなきゃだな。
でも、いまから戻るのは不可能かな。
わたしのクラスに戻りたくてたまらない気持ちはいっぱいになっていた。
参観日2日前。
わたしはその日、スクールカウンセラーの先生と校長先生に頼まれ、花壇に水遣りをしていました。
もう、Tとは水遣りしないんだろな。委員会、でないんだろな。
わたしのクラス、1年2組は技術室にいました。
技術室では工作だから、みんな外なんて気にしないし、第一この花壇はあの部屋からは見えない。
そう思って水遣りに専念していたわたし。
1年2組に気付かずにいました。
1時間技術室にいるはずだった1年2組がなぜか渡り廊下を歩いている。
...何故?
わたしは目を疑ったけれど、気付かない振りをして一番遠い花壇に水遣りをしました。
絶対気付かれませんように。
「おーい、ヤマ」
「あ、ヤマだ。おーい」
男子に気付かれ、女子...わたしの嫌いな部類の女子...にも声をかけられました。
目の次は耳をも疑ったし、聞き違いだと決め付けて無視したけれど、だんだんほとんどの人に気付かれ、「ヤマ~」という声は大きくなってきた。
もう、無視なんかできない。
わたしは、持ち前の度胸と開き直りに励まされ、みんなに手を振った。
Tが不思議そうに見ていて目が合った。
その日、昼休みに遊びに来たB、Cと担任の先生に言いいまいした。
「今日、クラスに戻ります」
授業に遅れて、友達と一緒にクラスへ向かいました。
普段なら立ち止まったはずなのに、前へ進めた。
授業が始まっていたので、みんなとは会話はなかったけど、
周りの席の子はみんな、普通の態度で接したし、「このメモ、Dに回して」といつも通りに振舞ってくれました。
わたしはみんなにばれたとき、カウンセラーの先生に言いました。
今日、クラスに戻るつもりだと。
そこで決意したことを誰でもいいから、誰かに言っておかないと、きっとまた行けなくなってしまう。
参観日のこともあって焦っていました。
授業が終わった時、わたしの席に真っ先に来て話しかけてくれたのはTでした。
「どうも、ご無沙汰しております!」
そう言って、ちょっとした会話をしたあと、彼は照れたように友達の元へ戻った。
わたしはよかったと思った。
「クラスに来てくれてありがとう」
こう言われるのが一番怖かったから。
そう言われるのは、もっとあと、このことが「想い出」になったときがいい。
わたしはよかったと思った。
参観日を終え、元通りの生活に戻ったわたし。
あれから、1年2組は大切だった。
クラス替えはしてほしくなかった。
残った一週間、わたしの1年2組での生活は天国でした。
2度とこのクラスを離れたくない。
それは今も変わらず、戻れるなら戻りたいです。
でも、今はもうクラスもバラバラ。写真も残ってない。
残ったのは、授業でみんなで回して書いた、
「1年2組からのメッセージ」。
これは、今でも一番の宝物。
じゃあ、どうして不登校になったの?
そんなに素敵なクラスなんでしょ?
確かにそうだけど、わたしは不登校になったことは、正解だったと思う。
正しいことだとはいえないかもしれないけど、それでよかった。
あのとき、不登校にならなかったら今のわたしはきっとない。
そう思う。
そして、だからこそ、友達の大切さを知った。
今まで、友達なんてどうでもよかった。
いざというとき、助けてくれるのは他人じゃない。...自分。
そう思っていました。
でも違いました。
助けてくれるのは親でも先生でも不登校児向けの本でもありません。
結局、人には友達が必要なんです。
わたしが戻れたのは、クラス全員が迎えてくれたお陰です。
「友達なんていないもん」
そんなのうそ。
きっとどこかに、あなたを心から心配して、愛してくれる友達がいる。
それは、クラスかもしれない。
それは、地球の裏側かもしれない。
でも、きっとあなたはひとりじゃないんです。
だからわたしは胸を張って言える。
大切なのはやっぱり友達。
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